歯が痛くても、歯が悪いとは限りません。重大な病気のこともあります。

木津川市城山台 西歯科クリニック 院長の西です。

 

先日、こんなことがありました。

 

1年少し前に、「上の歯が痛い」と来院された方がおられました。

口腔内審査やパノラマX線写真撮影などを行いますが、痛みの原因がはっきりしません。

痛みの性状や発生する状況など、詳しい問診を改めて行いました。

「階段を降りたりするような震動で歯に痛みがある」「右の歯の根元あたりから目の下あたりにかけて押すと痛みがある。感覚も鈍い」、「目に押されるような痛みがある」など

以上のことから、歯が原因ではなく、急性の副鼻腔炎を疑いました。 また、目に押されるような痛みがあるとのことで、視神経を圧迫するような進行性の高い急性副鼻腔炎の可能性があり、失明など視覚障害をきたす可能性もあることから、すぐに耳鼻科を受診するように指示しました。

14年在籍した歯科口腔外科での経験や知識から、かなり危険性が高い状態であると判断し早急に受診を促しました。 かかっている耳鼻科があるとのことで、診療情報提供書(よく紹介状などと言われるものです)は希望されず発行はしませんでした(本来は発行したほうがよいものですが、保険適応とは言え費用がかかることもあり、拒否されることも時々あります)

 

そして、1年以上経った先日、再び来院されました。

 

かかった耳鼻科で当院で言われたことを伝えた上で診察されたそうですが、すぐに総合病院の耳鼻科をさらに紹介され受診。検査を行ったところ、「悪性リンパ腫」という血液のガンの一種であることがわかりました。 腫瘍が視神経を障害し、失明寸前の状態まで進行していたとのことです。

 

すぐに抗がん剤による治療が開始され、今も治療は続いているものの体力もだいぶ回復し当院に通院できるぐらいになり、がん治療中に入れ歯が合わなくなってしまったこともあり、当院に再来院してくださったとのことでした。

「あの時、すぐに耳鼻科を受診してもらうように勧めてもらわなければ、今頃どうなっていたかと…」とお言葉を頂きました。

振動で歯が響くという、副鼻腔疾患でよくある症状ですが、副鼻腔(上顎洞)の炎症が歯の神経を刺激したり圧迫して起こる症状ですので、歯の神経を取る治療を行ったらこの症状は消えます。 しかし、歯が原因ではないためオーバートリートメント(必要のない過剰治療)であり、原因の副鼻腔疾患の治療で改善が期待できるものです。

それに、あの時、「しばらく様子を見ましょう」や「歯の治療をまずやってみましょう」と、貴重な時間を浪費してしまっていたら、今頃どうなっていたことでしょうか。

 

過去にあった副鼻腔炎や上顎癌の治療経験や、先人の先生方の症例報告などの記憶、それらに基づく「歯科医師としての”何かあやしい、危ないなという勘”」から、躊躇せず専門の科に紹介して良かったと思います。

 

「歯が痛い」と感じても、それが歯や歯を支える組織が原因であるとは限りません。 歯が原因でないことも別に珍しいものではありません。 歯の根の治療で有名な先生の歯科医院には各地から痛みが引かない難治性の患者さんが数多く紹介されて来院されますが、約半数は「原因は歯ではなかった」そうです。 その痛みは「歯が原因なのか」という鑑別が非常に重要であり、必要のない治療を行うだけでなく、治りもしないことになると、ことあるごとに言っておられます。

自分も大学の口腔外科所属時には口腔外科疾患全般を治療しておりましたが、その中でも日本顎関節学会の専門医の認定を取得できたほど、顎関節症が自身の専門でした。 顎関節症の治療には顎関節症なのかそうでないのかの鑑別が非常に重要であり、とくに顎顔面痛との鑑別疾患は非常に重要です。